前回の記事で世界銀行に入行するまでの経緯をお話ししました。記事を読んだ方は,「新卒といえど,世界銀行だからきっと良い待遇で雇ってもらっているんだろうなぁ」と思ったかもしれませんが,答えは否です。
正規の職員の待遇は非常に良いのですが,私の現在の雇用形態であるShort Term Consultant (以下 STC)は,決してそうではありません。STCは給料をもらえる雇用形態の中で最も職位が低く,残念なポイントも非常に多いのです。
今回はこのSTCにおける,契約形態や待遇,労働環境などについて話したいと思います。
※STCの待遇の悪さを以下に挙げていきますが,私自身は今の環境に大きな不満はなく,自分のボスも大好きなので,惨めな思いをして働いているわけではないことをご了承ください。
2つの雇用形態: StaffとConsultant
世銀の雇用形態は大きく2つに分けられ,StaffとConsultantがあります。一言で違いを表すと,Staffは正規職員(強い),Consultantはプロジェクトベースの一時的な契約職員(弱い)というイメージです。STCはConsultantの一種です。
基本的にStaffとConsultantどちらの形態でも契約期間があり,永久的に雇われる保証はないのですが,契約形態や待遇に天と地の差があります。
STCの契約形態
契約形態
基本的にプロジェクトに属する形の契約形態になります。プロジェクトのリーダーが,STCのボスになります。
形態としてFull-timeとPart-timeの2種類があります。Full-timeは毎月少なくとも18日働く必要があり,Part-timeにはそのような制限はありません。私は今年度Part-timeです。
STCの残念ポイントその1:Part-timeの契約の場合,ビザの関係(?)で3ヶ月に1度アメリカから出て入国の記録を書き換える必要がある。
このクソルールのせいで,何の用もないのにアメリカからカナダに出国して戻ってきたりする人もいます。自腹です。ちなみに私は今のところ3ヶ月ごとに日本に帰っています。
STCの残念ポイントその2:Part-timeの場合,外国国籍の人間はワシントンDCで運転免許が取れない。
アメリカ市民権を持たない人がアメリカで免許を取得する際に必要なStatementを,世銀に発行してもらう必要があるのですが,Part-timeの人には発行してもらえません。Full-timeは発行してもらえます。幸い,私は以前Full-timeだったので取得できました。
契約期間
STCの一番の特徴が契約期間の制限です。
STCの残念ポイントその3:Full-time,Part-timeどちらの場合も,年度内の労働日数の上限が150日
「平日はフルで働き,休日は休み,有給も貰う」という一般的な働き方をした場合,1年間の労働日数はおおよそ250日ですが,STCはその60%である150日しか働くことを許されていません。厳密に言うと,「150日しか働けない」というより「150日以上働いたとしても150日分までしか申告できない」です。
契約したプロジェクトの期間がそもそも短く,契約期間も150日以内の場合には何の問題もないですが,通年のプロジェクトに属して1年間フルで働く人にとっては大きな問題です。
お金回りの話 (待遇など)
給与と待遇
STCの給与は日給制です。学歴や職歴に応じて$200-$800の幅で日給が決まります。私のような若いSTCでも一応「物価の高いDCで贅沢はできないが,普通に生きていける」くらいの給与は貰えています。
家賃補助はStaffであっても基本的には出ません。
STCの残念ポイントその4:健康保険に入れてもらえない。
Staffの場合には健康保険への加入がBenefitとして付いてくるのですが,STCの場合にはSTC用の健康保険にわざわざお金を払って加入する必要があります。STCが最も憤慨している問題です。
税金
Staff, Consultantにかかわらず,所得税は完全に支払い免除です。勤務国にかかわらず,世銀から給与をもらっている場合は,どこにも所得税を払う必要がありません。世銀だけでなく他の国連機関も同様で,国際連合の特権及び免除に関する条約で定められています。
STCにとっては,唯一の嬉しいポイントです。
昇進と解雇
昇進チャンス
業務の評価によらず,自動的に昇進するというチャンスは一切ありません。STCでいる限りは一生STCです。ConsultantからStaffに昇進するためには,公募のポストに応募し,パスするしか方法がありません。
厳しそうに聞こえますが,STCは世銀のプロジェクトの知識があり,内部での人脈もあるので,公募の競争の際は外部の人より有利であるように感じます。実際そういう方は沢山いて,「最初はSTCで,その後Staffのポストに応募し,現在もなお世銀で働いている」という日本人を今まで多く見てきました。
また,内部の人しか見られない世銀の求人情報システムがあり,そこにSTCより条件の良いコンサルタント (Extended Term Consultants: ETC)の募集もあるので,外部の人よりはチャンスが多いです。
解雇
STCは非常に弱い立場にいて,雇用契約上,契約期間の最中であろうと突然クビを切られる可能性があります(実際にクビ切られてる人は見たことありませんが)。一方でStaffの場合,契約期間中にクビを切られることは基本的にありません。
業務の環境と内容
業務の環境 (デスクやPC)
STCの業務環境は,完全にプロジェクト次第です。世銀は何でもかんでもお金のかかる組織で,業務用のパソコンを1台借りるのも,デスクを借りるのも,プロジェクトが世銀に利用料を支払う必要があります。ちなみにパソコンは1日あたり$20かかるそうです。ですので,契約を結んだプロジェクトの予算が潤沢な場合,パソコンもデスクも用意してもらえます。予算がない場合,家やカフェで自分のパソコンを用いて作業をしなければいけません。
ちなみに,私は広いデスクにデスクトップパソコンとディスプレイを2個も用意して頂いており,大変大満足環境です。
業務の内容
こちらも完全にプロジェクト次第です。例えば,プロジェクトのボスが冷徹で理解のない場合,単調で非生産的な雑用ばかり任されている人もいます。一方で,実際に開発の現場に行くプロジェクトを任されたり,直接政策に活かされるような研究をしたりと,やりがいのある楽しい仕事をしている方もいます。
私の所属しているPoverty and Equity Global Practice (貧困解析部署)の場合,研究することが主なプロジェクトなので,STCの業務内容もデータの解析が多くなります。私は良いボスに恵まれ,毎日楽しく仕事ができています。
STCにはどんな人がいるのか
年齢層
Staff(正規職員)は30代以降がほとんどですが,STCには私のような20代の若い人間もいれば,50歳を超えた方もいるので,年齢層はかなり広いです。
学歴
部門(Global Practice)によって傾向が違うと思います。私の所属する貧困解析部署は研究部門なので,博士号取得者のSTCが大多数を占めている印象です。一方で,オペレーション系のプロジェクトの多い部署には,修士号のみのSTCも多くいますし,たまに学士卒の方もいます。
中卒の天才エンジニアがコンサルタントになったという記事もあるので,STCには学歴というより専門性の方が求められているのかと思います。
STCで雇用されるには
世銀ではStaffのポストの求人は公募で行いますが,Consultant (STC, ETC)はプロジェクトのトップの人間が自由に予算から雇うことができます。プロジェクトとしては,優秀な人間を面倒なプロセス抜きで雇用できるわけです。雇ってもらう側としても,公募の厳しい競争で敗北するリスクがないのでラッキーと言えます。
STCで雇用されるためには,プロジェクトのトップとの人脈があり,かつ,プロジェクトに必要な専門性をアピールできる必要があります。私の場合,プロジェクトのトップと直接知り合いではなかったのですが,偶然チャンスが巡って来た際に専門性をアピールすることができて,雇用して頂けました(詳細は前回の記事)。
STCのメリットとデメリットまとめ
メリット
- 所得税を支払う必要がない
- 世銀のStaffのポストに応募する際,アドバンテージになる可能性がある
デメリット
- 3ヶ月に一度,自費でアメリカから出国する必要がある (part-timeの場合)
- 運転免許を取れない (part-timeの場合)
- 1年に150日しか働けない
- Benefitとして健康保険がない
終わりに
今回は,STCの待遇や労働環境についてお話ししました。STCについて日本語でここまで詳しくまとまっている記事は見たことないので,世界銀行に興味のある方は是非参考にしてください。
「もしSTCの冷遇っぷりについて事前に知っていたら,世銀に来るのをやめていたか?」と聞かれることがあるのですが,実は事前にGlassdoorを読んで評判の悪さについては知っていました。実際に来てみると評判通りだったので笑うしかありませんでしたが,プロジェクトや仕事自体は非常にやりがいがあり楽しいので,毎日もりもり働けています。
STCや世銀の雇用について質問のある方がいらっしゃれば,コメントに質問をお願い致します。